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連載

資本主義――それは自由か、束縛か

第8回

吉田徹(同志社大学教授)

 時代は打って変わり、金融市場に踊らされる今の資本主義を理解する上で欠かせない作品が『マネー・ショート』(アダム・マッケイ監督、2015年)です。この映画は、投資銀行「リーマン・ブラザーズ」の2008年の破綻をきっかけとした、世界的な金融・経済恐慌「リーマンショック」の構造を、極めて理知的かつスリリングに描き出します。

 リーマンショックは、2010年頃から深刻化するヨーロッパのユーロ危機の要因ともなり、IT企業を中心に2000年代から成長を続けてきた先進国経済を一気に冷え込ませました。2009年、世界は戦後初めてのマイナス成長を経験します。日本も雇用情勢が急激に悪化し、2008年末には「年越し派遣村」が日比谷公園に設置されました。今回のコロナ禍のように、政府が初めて国民に直接給付金を支給したのも、この時のことです。

 作品は、実在する人物である天才肌の投資家マイケルが、「サブプライムローン」のからくりを見抜き、その下落を予測するところから始まります。リーマンショックの直接的なきっかけとなったサブプライムローンとは、信用度の低い(借金返済能力がない)人たちに向けた住宅購入用ローンで、住宅バブルに沸いていたアメリカで急速に広まった金融商品でした。問題は、高いリスク商品であるこのローンが、不動産担保証券(MBS)、さらにそれを証券化した債務担保証券(CDO)となって、証券市場で売買されていたことでした。いわば、悪質な債権と良質な債権とを混ぜ合わせて、毒饅頭のように中身が何のか分からないようにして、世界の金融市場にばらまかれたのです。映画では、この複雑な金融商品の仕組みを、2017年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者リチャード・セイラーと歌姫セレーナ・ゴメス本人がカジノを舞台に分かりやすく説明しますが、それはまさにカジノ化した資本主義の姿でした。住宅価格の上昇を見込んで、金利変動があってもローンを借り換えることで返済することを前提として返済能力がない人に低金利でローンを組ませ、その債権を他の証券と混ぜて世界に売り飛ばすこの金融商品は、マイケルの言葉を借りれば「詐欺的なシステム」ということになるでしょう。

 ただ、アメリカ人の多くにとって、マイホームを持つことは、欠かせないアメリカンドリームの一つでした。先に紹介したシュトレークは、70年代の石油危機以降に低成長を余儀なくされた資本主義は、民間部門を借金漬けにすることで生き延びることになったと主張しています。彼や別の論者はこれを「民営化したケインズ主義」と名付けていますが、ニューディールのように、政府が国債を発行して借金してまでも社会に投資するようなかつてのケインズ主義的な政策が財政赤字によって不可能となったため、個人に貸し付けをすることで、資本主義はまったく別物へと変容していきました。

 リーマンショックはまた、先にみた大恐慌時代のニューディール時に制定された「グラス・スティーガル法」が廃止されたことの結果でもありました。この法律は、金融機関が預金業務と投資業務を兼ねるのを禁止するものですが、金融業界からの圧力で99年に廃止され、その結果、銀行がMBSやCDOといった金融デリバティブ商品の売買に乗り出すことを可能にし、金融市場が一気に拡大することになりました。

映画『マネー・ショート』より

 マイケルは、サブプライムローンによって空前の株価高が下支えされていることを見抜き、邦題のタイトルにもなっている「ショート」によって利益を上げることを目論みます。「ショート」とは、「空売り」のことで、株価が下がることを見越して、株価が高い時に証券会社から証券を借りて売り、株価が下落した際に借りた証券を買い戻すことで利ざやを得る手法です。マイケルや、類似の情報を聞きつけた数人の投資家たちは、数十億ドルにも及ぶ資金を投じて、CDOが焦げ付いた時の保険となるサブプライムローン用のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)という商品を作り、これを購入します。いわば「逆張り」ですが、これで証券が値下がりした時に、大金を手にすることが可能になるからです。このCDS市場は2007年時点で58兆ドルと、アメリカ一国のGDPの4倍以上の市場規模を誇るまでになっていました。

 ここに大きな逆説があります。それは、市場の失敗によって資本主義はさらなる大きな利益を生むことができるようになったことです。やはりサブプライムローン市場の破綻に賭けた冷静な投資家の一人、ベンはこう言います。「俺たちが勝てば、国民は家や仕事や老後資金を失う。失業率(が)1%上昇(すれば)4万人(が)死亡(するんだ)」。金融市場に懐疑的な別の投資家は「人間は経済が破綻するといつも同じ行動に出る。移民や貧困層への攻撃だ」と、リーマンショックが現実のものとなったことを嘆き、トランプ大統領の出現を預言させるかのような言葉を吐きます。世界のグローバルマネーは2012年になって早くもリーマンショック以前の水準を回復しました。

『ティエリー・トグルドーの憂鬱』――自由なき資本主義

 最近刊行された白井聡『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社、2020年)は、マルクスの長大で難解な『資本論』を丁寧かつ感覚的に読み解いた本です。ここで白井は、共産主義革命や社会民主主義といった歴史的な階級闘争の戦略はもはや成り立たず、それゆえ、個人が「これは当たり前ではない」「これはもう我慢できない」という感覚こそが、新たな階級闘争の始まりとなるはずだ、と主張しています。

 ただ、資本主義と戦うためのこうした感覚は、必ず有効なものでしょうか。それというのも、資本主義は、人々の自由を求める歴史と軌を一にするものでもあったからです。歴史家ジェリー・ミュラーは、哲学者ヴォルテールやヘーゲルなど西洋の歴史に名を残した16人の書を読み解いて、市場には利点があると常に見られてきたと説明します(*5)。なぜなら、市場は人種や宗教といった属性を超えて人と人との間に関係を築き上げることができ、個人が伝統的な共同体に依存せずとも生きていくことを可能にするからです。例えば、地方から都会に出てきてアパートを借りたいとしましょう。その時、保証人になる家族や友人がいなければ、保証会社が用意した制度を利用することもできます。これも市場の論理ですが、それがあるお陰で人は自由を手にすることができるのです。このように、様々なものを商品化する資本主義は、貨幣で交換できる対象を増やすことで、人間に時間と空間を超えた自由を作り出していきます。すなわち、資本主義は人間の自由と解放と一体になっているからこそ発展してきたと言えるでしょう。絶対王政を打倒することになった19世紀のブルジョワ社会が自由主義と資本主義の担い手になったことを忘れてはなりません。そして、こうした歴史的潮流の中から、契約の自由や法の支配からなる市民社会が生まれてきました。だから、個人が自由を希求する存在である限り、資本主義が終わることはないでしょう。

 ならば、人を自由にしない資本主義は、その限りで否定されるべきものだということになります。そのことを最後の一本、「市場の法則」という原題を持ったフランス映画、『ティエリー・トグルドーの憂鬱』(ステファヌ・ブリゼ監督、2015年)で見てみましょう。

 映画の主人公は、エンジニアの職を整理解雇された中年男性ティエリー。この映画も、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(ケン・ローチ監督、2016年)でも揶揄の対象となった職業安定所の理不尽さを描くところから始まります。1990年代後半から先進国では、労働市場で働けなくなった失業者を保護するのではなく、むしろ職に就けさせることを目的にする、いわゆる「雇用可能性(エンプロイアビリティ)」が重視されるようになりました。労働者を市場の法則から守ることを「脱商品化」と言いますが、労働者を「再商品化」するのがトレンドとなったのです。しかし公共機関が介入しても、雇用の需要と供給をマッチングさせるのは困難です。ティエリーも、重機械の操作の職業訓練を受けますが、職業安定所は、紹介先の会社が経験者しか採用しないことを知らないままでした。

 それでも彼は、高校生である障害を持つ長男の介護費用のためにも、賢明に職探しに邁進します。履歴書の書き方や模擬面接を経て、ティエリーは大型スーパーの警備員の職に就きます。コロナ禍の中で「エッセンシャル・ワーカー」や「キーワーカー」として知られることになったように、現代社会はこうした低賃金で小売り販売・流通に携わる人々にますます依存するようになっています。

映画『ティエリー・トグルドーの憂鬱』より

 スーパーで彼にあてがわれた任務は、80台の監視カメラを使って、万引き客とレジ打ち係の監視でした。実際、ユーロ危機が深刻化する中、フランスでは万引き件数が2007年頃から急増、2013年には7万2000件と、2000年と比べて1.5倍となり、こうした監視をする職種への需要が高まりました。スーパーの経営会社は、客に対して対外的には奉仕の精神を謳いながら監視を怠らず、レジ打ちの従業員がポイントカードを不正利用したり、客が捨てたクーポンをポケットに入れたりすることを咎め、人減らしの口実にします。

著者情報

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

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