連載書籍化スペシャル 第2弾 俺たちは純文学に酔っている(ゲスト/古川真人)
もっとモラルをぶち破る作品書いてよ!
古川 今回の9人のゲストのみなさんは、小説家としての資質から純文学に対する考え方もてんでバラバラだね。よくこれだけの人たちがそろったね。
鴻池 ほんと受けて頂いて感謝、みなさんにビッグラブ♡
古川 純文学というジャンルの入門にもなる本だと思った。自分と同じ考え方をしている小説家の本をまず読んでみるとかできる。
鴻池 もしくは、自分とはまったく逆の考えの小説家の本を読んでみるのもありだよね。
古川 同時にこれは現代文学の地図だと思った。この人たちの作品を読めばいまの文学の現在地がわかる。
鴻池 宣伝してくれてありがとう(笑)。そうそう、ほんと貴重な本なのでみなさん買ってね。
古川 この地図の中心はやっぱり高瀬隼子かな。
鴻池 そうなるんだろうね。
古川 まず、彼女の本から読んでみてね。ほら、あの人売れているからさ、本がすぐ手に入る。
鴻池 ブックオフとかでも手に入る。
古川 道に本が落ちているかもしれない。
鴻池 それを拾って無断で●●●にして●●●で●●すとか。
古川 おい! 何言ってんだ。作家がそういうこと言うなよ。
鴻池 ごめん、いまのは言い過ぎた(笑)。冗談です、冗談。
古川 石田夏穂さんの作品なんて、抱腹絶倒でしょう。砂川文次さんも、我々には書けないよね。セリフに対戦ヘリコプターの機種とか、軍事的な専門用語がバンバン出てくる。
鴻池 そういう専門用語が出てきても、気にならないでぐいぐい読めるのが砂川さんのすごいところ。石田さんも読者が知らない世界に連れていってくれるんだよ。聞いたこともない単語がドーンと出てくると、ドーンって石田ワールドが広がる。
古川 「ドーン」、「ドーン」ってあんたさ(笑)。
鴻池 語彙力なさすぎだろって(笑)。

古川 石田さんの小説も専門用語が全然、気にならないよね。しかし、対談読むと、石田さんの純文学に対する偏見がすごい。
鴻池 「身体性身体性うるせえんだよ!」ですから(笑)。
古川 いや、笑ったよ(笑)。
鴻池 単行本化で悪口加筆してきたからね。
古川 そうなんだ(笑)。彼女は工事現場のおっさんのことをマニアックに書いても、純文学の世界では通用しないとか言ってるけど、純文学の読者は工事現場のおっさんの話好きだと思うけどね。
鴻池 石田さんは、世の中にある何となくの純文学のイメージに抵抗しているんだと思う。抵抗というより、別に彼女は純文学とかエンタメとかも意識しないで自分の好きな小説を書いているんだよね。その自由な小説観に共感した。
古川 少し鴻池さんの純文学に対するスタンスと似ているのかも。
鴻池 そうかな。
古川 一応、真面目な純文学の世界のなかで、あんたと石田さんだけは、半笑いでいるというか。
鴻池 真面目な純文学の世界をどこかアホらしいと思っているということ?
古川 そうそう。もっと作品の内容のことで言えば、鴻池さんの小説は主人公が小説の設定に気づいてしまっている。いつも、「俺は騙されているんじゃないか?」みたいなノリでいる主人公が出てくる。気づいているのに色んなことに巻き込まれていく。そこが好きだね。
鴻池 ありがとう。
古川 でも、まだ突き抜けられていない気もする。この本の「イントロダクション」で純文学のよさをインモラルなことを書くことができることとかあなた書いているけど、本当にモラルをぶち破るような作品はないよね。これはあなたの作品に対する不満というか批判ね。
鴻池 ああ、鋭いな。
古川 鴻池さんにはピカレスク、胸がすくような悪漢小説を書いてもらいたい。これは、何だかんだ言ってもいまの社会に合わせざるを得ないということなのかね。
鴻池 だから、本当はモラルに感謝しなきゃいけないんだよね。つまり、モラルを破ることに快楽があるわけで。モラルがないとそもそも破ることもできない。学校で、起立、気をつけ、礼とか教わるでしょ。そういうルールを内面化してからじゃないと、ぶっ壊す楽しみはない。俺、この本のなかで、正しさを疑うことのない文芸誌がとか、文句を言っているけど、本当はビッグサンキューなんだよ。なぜなら、その正しさの支配力が強まれば強まるほど破る快楽が増すから。コロナのときなんか、マスクしろ、在宅しろだとか、同調圧力が強まったでしょう。そういう瞬間は僕にとって小説が書けるチャンスなんだ。要するにオナニーなんだよ。
古川 うん? ちょっと待って、最後でわからなくなったぞ。オナニーってどういうこと?
鴻池 規範とのセックスを夢想するということ。すいません、酔っぱらってきた。
古川 規範を破る快楽という意味ね。鴻池さんには、ピカレスク小説を復活させてほしい。あんまり、主人公がクズだと読んでいて笑えてくるじゃない。最近は主人公も小粒な感じだし、おとなしい小説が多い気がする。
鴻池 いまはリアリティ縛りが強いんだと思う。俺もそうなんだけど、現代の作家は「リアリティがない」って批判されることをもっとも恐れている。
古川 でも、阿部和重さんの作品なんかでは、変な主人公とか出てきたりするでしょう。上の世代の作家たちは別格で許されるということかな。
鴻池 阿部さんたち上の世代だと、批評家の存在が大きいと思う。批評があるとリアリティとは別なところで、その作品を読む面白さを教えてもらえる。どれだけ変なこと書いても批評家が、あるひとつの読み方を提示してくれる。これは作家側もある程度自由なことが書けることにつながると思う。たとえば、阿部さんの作品を補完するような形で蓮實重彦の批評がある。読者は蓮實さんの批評のように阿部さんの作品を解釈できるかもというモチベーションを得られる。これ言うと、また反発喰らいそうだけど、いまはちゃちな批評家や書評家しかいないからその楽しみ方のひとつが消えたんじゃないかな。
古川 褒める紹介しかできない。
鴻池 ただ、それは批評家の問題というより、使う側の出版社にあると思う。少しでも作家や作品の批判を言ったら使ってもらえなくなる現状があるでしょう。批評家も自由に書けない、作家も自由に書けないという悪循環だよね。