imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

保守思想入門

第3回 フランス革命に対する二つの態度~バークとカント

浜崎洋介(文芸批評家)

 フランス革命の直前に、『純粋理性批判』(初版1781年/第2版1787年)と、『実践理性批判』(1788年)を刊行していたカントは、そのなかで、経験(現象)を超えたものとしての「神」が、実は、私たちの「理性」が生み出したものであることを、その体系化した認識論のなかに示していました。しかし、だとすれば、それは読みようによっては、人間の「理性」は「神」よりも大きいのだという結論を導きかねません。実際、カントの影響下に始まったドイツ観念論(フィヒテ、シェリング、ヘーゲル)や、ドイツ・ロマン派(F・シュレーゲル、ノヴァーリス)の営みは、神のごときに人間の「絶対的自我」(フィヒテ)や「絶対知」(ヘーゲル)を追究する運動として現れてくることになります。
 が、ここに近代的「自己」の、あるいは近代的「理性」のアイロニーがありました。
 これは近代的個人に特徴的な心理現象となりますが、その「理性」によって「神」から解き放たれた人間は、それゆえに自由の高揚感に満たされることになります(喜びの初期ロマン主義)。が、その一方で、「神」の支えを失くしてしまった人間は、その不安感に苛まされることにもなります(絶望の後期ロマン主義)。そして、この不安感を乗り越えるために呼び出されるもの、それが、「理性」によって編み出されたユートピアの観念でした(啓蒙合理主義)。要するに、「理性」によって自由になった人間は、その自由によって不安になり、さらにはその不安から逃れるために、ここではないどこかの「理念」にすがり付き、ついには、その「理念」による現実世界の変革を、つまりは〈不安なきユートピア〉の設計を夢見はじめることになる……、これが、国王の首を斬ったロベスピエールと、神の首を斬ったカントを貫く近代的な「自己」の運命であり、さらには、そこから現れるロマン主義(自由と不安の二重性)と、啓蒙合理主義(不安の社会的克服)とを繋ぐ必然の糸でした。
 たとえば、30歳の若さで、全国三部会への第三身分代表の議員に選ばれたマキシミリアン・ロベスピエールは、そんな「自己」を語って、次のように書いていました。

 神のような人よ、あなたは私に、自己を知ることを教えてくれた。あなたは、まだ若かった私に、自己の本性の尊厳を尊重し、社会秩序に関する偉大なる原理について熟考することを教えてくれた。……
 私は晩年のあなたに会った。〔中略〕そのとき以来、私は、真理の崇拝に捧げられた高貴な生の苦悩をすべて理解した。私はその苦悩の前にたじろぐことはなかった。同胞たちの幸福を求めたのだという自らの意識が、有徳の士にあたえられる報酬なのである。〔中略〕私は、自分自身に対して自分の責任を取らねばならないし、自分の思想と行動に関する弁明をまもなく同胞市民たちにしなければならなくなるだろう。(「ルソーの霊への献辞」松浦義弘『ロベスピエール―世論を支配した革命家』山川出版社)

 ここで「同胞たちの幸福を求めた」とあるからといって、読み間違えてはなりません。あくまでロベスピエールが目を向けているのは、「同胞たちの幸福を求めたのだという」であり、その「意識」だけが「有徳の士にあたえられる報酬」だと言っているのです。そして、だからこそ彼は、「自己の本性の尊厳を尊重し、社会秩序に関する偉大なる原理について熟考することを教えてくれた」人物に対して、心からの感謝を綴っているのです。
 では、ここで、ロベスピエールが感謝を捧げている人物とは一体誰なのか?
 それこそは、ロマン主義の導き手でありながら、また啓蒙合理主義の作り手でもあった、ジャン・ジャック・ルソーその人にほかなりません。そして、このルソーはまた、あの「純粋理性」を語ったカントにインスピレーションを与えた思想家であり、さらには、フランス革命の末期、革命の功労者としてパリのパンテオンに合祀された人物でもあったのです。
 カントとロベスピエール、そして、その二人を媒介として浮かび上がるルソー、この三者の関係のうちに、近代的自己(理性)と革命(左翼)、そして社会契約論(社会理論)との関係が浮かび上がってきます……。が、さすがに紙幅が足りません。詳細は、次回に回すことにしますが、それを確認した上で、フランス革命の内実を検討したとき、ようやく、バークが抵抗していたものの本質が、そして、「保守思想」が守ろうとしているものの価値が見えてくるのではないかと思われます。引き続き、お付き合いいただければと思います。

著者情報

文芸批評家

浜崎洋介

はまさき ようすけ

1978年埼玉生まれ。雑誌『表現者クライテリオン』編集委員。京都大学大学院特定准教授。2022年『小林秀雄の「人生」論』(NHK出版新書)で、第31回山本七平賞奨励賞受賞。そのほかの著書に『福田恆存 思想の〈かたち〉イロニー・演技・言葉』(新曜社)、『反戦後論』(文藝春秋)、『三島由紀夫 なぜ、死んでみせねばならなかったのか』(NHK出版)、『ぼんやりとした不安の近代日本』『小林秀雄、吉本隆明、福田恆存――日本人の「断絶」を乗り越える』『日本人の「作法」 その高貴さと卑小さについて』(いずれもビジネス社)がある。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。