第13回 生まれてきて、よかった?(後編)
川口好美(文芸批評家)

本稿の写真は、写真家の金川晋吾氏が本文テーマをイメージして選定しています
動物園を散歩する内村さん
みなさん、こんにちは。
1918(大正7)年の2月9日。この日の東京は、一足早く春がきたような、気持のよい一日だったそうです。内村さんも好天に誘われて、街に出ました。なじみの本屋で本を買った後は、ふと思い立ち、上野公園に向かいました。〝若い頃、この辺りで友達と語り合ったな〟と記憶をたどりながら、人かげもまばらな美しい公園を、ひとり静かに歩きます。そのうち、動物園の前に出ました。上野動物園は、こんなにも昔からあったのですね。内村さんは動物たちの様子を、子どもに戻ったつもりで真剣に観察して回りました。
素敵な休日の過ごし方ですよね。こちらの心まで自然と明るくなるエピソードです。56歳(当時としてはかなりの高齢です)の内村さんの足取りが軽かった理由は、お天気だけではなかったはずです。「再臨運動」に取り組むことで、みずみずしいエネルギーがみなぎっていたのではないでしょうか。この動物園のエピソードも、「再臨運動」の講演の場で紹介されたものでした。※1
前回お話ししたように、第一次世界大戦に多くのキリスト教国が参戦したことが、内村さんを深く〝絶望〟させました。醜い争いこそが自然の真のすがたなのだから、どんなに頑張っても平和なんてムリだ。そんなうしろ向きな考えにとらわれるほど、落ち込んでいたのです。
ですが、動物園を散歩する内村さんの脳裏(のうり)にうかんだのは、それとは対照的な世界でした。『旧約聖書』の「イザヤ書」に記されているイメージです。
〝狼と子羊が仲良く一緒にいたり、ライオンと子羊が並んで草を食べていたり、人間の赤ちゃんが毒蛇のすみかで遊んでいたり……〟※2
人間同士だけでなく、動物たちも、絶対に他の存在に害を加えたり、傷つけ合ったりしない。まるで楽園みたいですよね。こんな世界があったら安心だし、楽しいだろうな、と思います。
それにしても不思議です。これまでの努力や苦労は、すべてムダだった。そう打ちひしがれるほどの絶望的な闇に、どうして、こんな明るい光が差しこんできたのでしょうか。