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連載

第13回 生まれてきて、よかった?(後編)

川口好美(文芸批評家)

『新約聖書』の成り立ち

 より深く理解するためにも、『新約聖書』の成り立ちを、ざっと振り返りましょう。
 今からおよそ2000年も昔のパレスチナ地方が、イエスという人が活躍した舞台です。ローマ帝国の支配下で、権力者の争いや暗殺事件が絶えなかった時代に、イエスは活動をはじめました。ほとんどの人が、ユダヤ教の決まりにのっとって生活していました。
 権力や伝統的な生活スタイルにたいして批判的な態度を取ったために、イエスは十字架刑で殺害されます。一緒に旅をしてきた仲間たちが、後に残されました。彼らが寄り集まり、エルサレムで共同で生活したのが、キリスト教のはじまりです。ただし、原始教団と呼ばれるこのグループが、キリスト教というはっきりしたアイデンティティーを持つのはまだ先のことです。この時点では、もともとあったユダヤ教から分岐したユニークな一派、という感じでした。
 この原始教団は、死んだイエスがよみがえり、自分たちの前にあらわれたと信じる、「復活信仰」によって、強く結びついていました。
 以上のような流れを受けて書き残されたのが、福音書です。福音とは、グッドニュース、良い知らせ、という意味です。『新約聖書』には、4つの福音書が収録されており、作者はそれぞれ、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネとされています。彼らは、様々な資料や言い伝えを参考にしながら、それぞれの立場や目的に応じて、イエスの生涯や、イエスがもたらしたグッドニュースの内容をまとめました。※7
 4つの福音書には、イエスがエルサレムという都市で活動し、殺されるまでの経緯が、共通して描かれています。ですが、違う点もたくさんあります。別人が書いたのだから、当たり前ですよね。
 たとえば、ルカやマタイの福音書では、墓に葬られたイエスが復活し、弟子たちと交流した様子が、長々と描かれています。それにくらべて、マルコの福音書では、復活はごく簡単にしか触れられていません。そこには、他のメンバーにたいして、〝「復活信仰」を大切にするあまり、現実に生きていたイエスのことばや行動をないがしろにしては、本末転倒じゃないか〟と批判する思わくがあったのかもしれません。※8
 今さらですが、前提を確認しておきましょう。そもそも、一度死んだ生物がよみがえるということは、基本的には考えられませんよね。イエスは確実に死んだはずです。福音書には、イエスがお墓からはい出してくる場面が書かれているわけではありませんし、どうやって復活したのか、具体的な説明もありません。そのため、キリスト教を研究する専門家のあいだでは、だいたいつぎのように捉えるのが常識になっています。
 〝死んだイエスが復活し、われわれの前にあらわれた〟というのは、歴史的な事実ではない。けれどもそれは、原始教団が結束して存続の危機を乗り越え、ユダヤ教から独立した自分たちの教会=キリスト教を作り上げていった過程を、反映している。「復活信仰」は、現実を幻想的な物語に置き換えて、彼らにとっての精神的な事実を語った、たとえ話として受け取ればよい、というわけです。
 わたしもこの見方に賛成です。そして、それを〝つぎにイエスがあらわれる時には、イエスだけでなく世界そのものが復活するんだ〟と発展させたのが、再臨の物語だということがわかってもらえると思います。


 さて、『新約聖書』には4つの福音書と並んで、パウロという人が書いた手紙がいくつか収録されています。厳格なユダヤ教徒だったパウロは、はじめのうちは、まだ小さなグループだった原始教団を攻撃する側でした。しかしその後、考えを改めて、イエスの教えを熱心に広める伝道者に、変貌したのです。※9
 イエスの直接の弟子たちがエルサレムを中心に活動したのと違い、パウロは外国での活動に力を入れました。広い範囲を旅し、仲間を増やしたのです。手紙は、各地の教会に向けて書かれたものでした。
 生きていたイエスを直接は知らなかったからこそ、パウロはイエスの教えに、自分らしいアイデアを自由に付け加えていきました。外国でも受け入れられるように、抽象的に、哲学的に、作り変えたのです。
 この感じだと、マルコとパウロって、相性が悪そうですよね。じっさい「使徒行伝」という文書には、二人がケンカ別れしたらしいことが報告されています。※10
 ですが、二人が、どんなポイントを大事だと考えてイエスの物語を読み、書いたのかに注目すれば、共通点も見えてきます。そこに、内村さんの再臨への想いを読み解く鍵が、隠されている気がします。

著者情報

文芸批評家

川口好美

かわぐち よしみ

1987年大阪生まれ。2016年、「不幸と共存──シモーヌ・ヴェイユ試論」(『群像』2016年12月号、第60回群像新人評論賞優秀作)でデビュー。2021年から、静岡県川根本町の小集落・沢間で「本とおもちゃ てんでんこ」を家族で営む。著書に『不幸と共存 魂的文芸批評』(法政大学出版局)がある。

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