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東欧革命から30年。ポピュリスト台頭で今日も続く東西間の「政治的分断」①1989年、ソ連・東欧諸国で吹き荒れる民主化の嵐

全3回

熊谷徹(ジャーナリスト)

 東欧革命が成功した理由の一つは、東側陣営の盟主だったソ連の最高指導者がミハイル・ゴルバチョフという改革者だったことである。特に各国に駐留していたソ連軍が、革命の鎮圧命令を受けなかったことについては、ゴルバチョフの功績は大きい。
 85年から91年までソ連共産党中央委員会書記長を務めたゴルバチョフは、グラスノスチ(情報の公開)ペレストロイカ(改革)を旗印に掲げて、共産主義体制の変革と強化を試みた。彼はソ連が米国に比べて経済や科学技術などで大幅に遅れており、変革によって米国との差を縮める必要があると痛感していた。彼は対外政策や軍事政策でも大きな変化を生んだ。アフガニスタンから軍を撤退させたり、87年に米国との間で中距離核ミサイル禁止条約に調印するなど、東西対立の緩和に努めた。

ソ連初の大統領となったミハイル・ゴルバチョフ(1990年3月、モスクワ)

 特に重要なのは、ゴルバチョフがソ連の伝統的な外交路線だったブレジネフ・ドクトリンを放棄したことである。68年11月12日に、ソ連の最高指導者だったレオニード・ブレジネフは、ポーランドで行った演説の中で「東欧で共産主義体制が脅威にさらされた時には、軍事同盟ワルシャワ条約機構の盟主であるソ連が軍事介入する権利を持つ」と主張した。つまり彼は、東欧の共産主義国の主権が制限されていること、これらの国々の政府と国民はソ連に従属する義務があることを強調したのだ。
 実際ソ連は、東欧諸国での暴動をしばしば武力で鎮圧した。53年の東ドイツでの暴動、56年のハンガリー動乱、68年の「プラハの春」暴動では、ソ連やワルシャワ条約機構軍の戦車部隊が鎮圧のために投入され、市民に多数の死傷者を出した。
 もしも89年にソ連の最高指導者がブレジネフ・ドクトリンを堅持していたら、やはりポーランドや東ドイツなどでソ連軍が投入されて、体制変革の芽を武力で摘み取っていたはずだ。
 ゴルバチョフはいわゆる「新思考外交」に基づいて、このブレジネフ・ドクトリンと訣別し、「不介入主義」を表明した。それどころかゴルバチョフは、東欧諸国の政府にも体制改革を求め、一党支配に慣れ切った指導者たちを当惑させた。このことは東欧の改革勢力を勇気づけた。
 私は89年の8月にポーランドで取材していたが、市民の間でのゴルバチョフに対する人気は非常に高かった。彼らは自国の共産主義政権を軽蔑し、ゴルバチョフのペレストロイカとグラスノスチに大きな期待を抱いていた。私は、東欧諸国の共産主義支配の岩盤の底で微かな地震が起き始めていることを、肌身で感じた。
 89年11月9日の夜に東ドイツ市民がベルリンの壁に押し寄せて国境を突破した時も、同市の約30キロの所に駐屯していたソ連軍の戦車部隊に出動命令は下らなかった。東西ドイツの統一が成功したのも、ゴルバチョフがソ連の最高指導者だったからである。ゴルバチョフは、東欧革命を成功させた最大の貢献者の一人である。

●東欧諸国の独立は、「西側」の拡大をもたらすにとどまり、ゴルバチョフが掲げた「欧州共通の家」の実現には至らなかった。かつての勢力圏を奪われたロシアは今……?「東欧革命から30年。ポピュリスト台頭で今日も続く東西間の『政治的分断』~②現在の『強いロシア』はソ連崩壊後の屈辱の裏返し」に続く。

著者情報

ジャーナリスト

熊谷徹

くまがい とおる

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局在勤中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツのミュンヘン市に在住。統一後のドイツの変化、ヨーロッパの政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材・執筆を続けている。著書に『新生ドイツの挑戦』(1993年、丸善)、『びっくり先進国ドイツ』(2004年、新潮社)、『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』(2007年、新潮社)、『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争の真実』(2012年、日経BP社)、『日本とドイツ―ふたつの「戦後」』(2015年、集英社)、『偽りの帝国―緊急報告・フォルクスワーゲン排ガス不正の闇』(2016年、文藝春秋)、『イスラエルがすごい―マネーを呼ぶイノベーション大国』(2018年、新潮社)、『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(2019年、青春出版社) など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(2007年、高文研)で第13回平和・協同ジャーナリスト奨励賞受賞。ホームページはhttp://www.tkumagai.de/

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