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ウーマン・パワー~フェミニストとしてのオノ・ヨーコ

和田靜香(音楽/相撲ライター)

 1曲丸ごと通して女性がいかに虐げられ、差別されているかを歌うこの曲、タイトルは元々ヨーコが1969年に『NOVA』という雑誌のインタビューで語った言葉だが、黒人差別的な表現である「Nigger」という単語があるため、放送禁止にした局もあった。
 どうしてヨーコはこんな差別的な単語を使ったのか? 
 BLM問題に詳しい翻訳家の押野素子さんは、「この単語をヨーコが使ったのは、黒人を侮辱する意味ではなく、女性への抑圧や差別が、黒人を虐げ、抑圧するのと同じぐらい苛烈なものとして捉えているからだと思います」と語る。
 1969年ロンドンにいたヨーコはレコーディングでエンジニアたちに意地悪されただけでなく、男社会の中で凄絶なバッシングを受けていた(詳しくは後述していく)。それは黒人への酷い差別や抑圧にも通じるもので、抗い、闘うべきものだとヨーコは考え、女性の苦しみを伝え、立ち上がる決意として敢えてこの単語を当てたのではないだろうか。この単語にこそ、ヨーコの想いが込められているように思う。
 ジョンは、その意志を尊重するために、行動を共にしていた公民権運動の同志たちに、この単語の使用が黒人たちを傷つけることにならないか? を慎重に尋ねて回り、大丈夫だという確信を得て歌ったそうだが、ヨーコは強烈な言葉遣いをすることで耳目を集めることも、もしかして考えていたかもしれない。
 そして、この曲が入ったアルバム『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』には、ヨーコの歌った「シスターズ・オー・シスターズ」も収録している。こちらはもしかして、世界で初のシスターフッド・ソングかもしれない。

♪自由 ああ 自由 私たちが望むものはそれだ 今こそそのために私たちは生きる シスターズ、おお、シスターズ、あきらめるのはやめよう 新しい世界を築くのに手遅れということはない 新世界、おお、新しい世界 そのために私たちは生きる シスターたちよ、私たちは生きるために学ぶのだ♪(「シスターズ・オー・シスターズ」作詞・オノ・ヨーコ 翻訳・筆者)

 ヨーコは前向きに女性たちへつながりを呼び掛けていた。『ただの私』でも「あなたは一人ではない。苦しみ、自覚しはじめてる姉妹(シスター)が世界中にいる」と強く訴えている。ヨーコはずっとずっと女性の連帯を願ってきた人なのだ。

日本はヨーコをどう受け止めた?

 しかし、よくよく考えるとフェミニストのリーダーであるオノ・ヨーコ像は、彼女の故郷、この日本で今も昔も一般的だろうか? そりゃ、音楽ファンの間では知られているかもしれない。アメリカのロック・ミュージシャン、キム・ゴードン(元ソニック・ユース)は2003年、インタビューで「ヨーコみたいだといわれないようにかなり意識しているわけよ。だって、あのヴォーカルのスタイルといい、フェミニストの歌詞といい、すごいじゃない!もう全部、最高の形でやられちゃってる(中略)無意識のうちにみんな、なにかしらの影響は受けているんじゃないかしら」(『美術手帖』2003年11月号)と語る。シンディ・ローパーも10代で義父のセクハラから逃げたくて家出する時、ヨーコの詩集『グレープフルーツ』を一冊抱きかかえて出たという話は、音楽ファンの間では有名だ。
 私自身思い出すと、ヨーコの電話を受けていた20歳の頃、ヨーコを怖い女性だと思い込んでいた。ぶっきらぼうな話し方もあるが、「ビートルズを解散させた東洋の魔女」といった偽装されたイメージに、私も侵されていたとしか言いようがない。『ただの私』で編集を担った映画作家の飯村隆彦は、もう一冊の彼が編んだ本『ヨーコ・オノ 人と作品』(2001年、水声社)に、「東洋の『何をやってるのかわからない女』という西側ジャーナリズムの偏見丸出しの非難に、日本のジャーナリズムも追従した」と書いた。そういう日本のジャーナリズムの姿勢の根底には「日本の男性は、日本の女性が外国の男性にもてはやされることにはコンプレックスがある」とした。その偏見が日本に於けるねじ曲がったヨーコ像を広く、深く、植え付けた。この私にも、だ。
 それでも飯村は言う。
「日本で聞こえてくるのは、もっぱらゴシップであり、それもヨーコをけなすためだけのゴシップである」「一方で、それらのゴシップもまた、ヨーコが生み出したアートだと考えることもできるだろう。そのような意味では、ジョン・レノンとの結婚がヨーコの最大のアートだ、といっても過言ではない」(前掲書)
 なるほど、この考え方は面白いし、一貫性を感じる。ヨーコにとって、ゴシップさえもアートになるというのは頷ける。ジョンも「僕たちの生き方がアートなんだ」とも発言していた。

ヨーコ、ありがとう! と言いたい

 ところで、ヨーコの音楽作品は長らく廃盤となっていたが、2017年から息子ショーンがディレクションして再発売が進んでいる。その新譜案内書にアルバム『無限の大宇宙(Approximately Infinite Universe)』(1973年)について、「非常に男性優位な70年代半ばのメインストリーム・ロックというゲットー(引用ママ)の中で彼女がフェミニストとしての役割を確立したという意味においても、進歩的な作品」だと紹介されている。発売当時、まったく男性優位だった音楽業界を驚かせ、長く女性アーティストたちの見本となる『無限の大宇宙』は、ヨーコの代表作とされる。
 ライナーノーツもヨーコ自身が執筆し、「フェミニスト運動の目的が、現在の社会でより多くの職を得ることだけで終わってしまうべきではありません」(『無限の大宇宙』1971年 YOKO ONOオリジナル・ライナー)とヨーコのフェミ論が展開される。その言葉は、とても強い。「わたしが提案しているのは、社会の女性化です」として、「女性的な傾向を、世界を変える前向きの力として使うことです。女性の聡明さと自覚を持つことで、わたしたちは、根本的に組織だっていて争いがなく、理論ではなく愛を基盤とした社会へと変化させることができるのです。その結果は、調和、平和、そして満足。反抗するよりもむしろ発展させ、個人でいることを主張する代わりに手を取り合い、考えるよりむしろ感じるのです。こうした特性が、女性的であると考えられているものであり、男性が女を見下す理由です。しかし、こうした特性を育むのを退けたことで、男性はどれだけうまくやってきたと言えるのでしょう?」(前掲)とヨーコは書いた。
 私はフェミニズムを系統だてて学んだことがないので、これが1973年当時のフェミニズム理論として正統派だったのかとか、そうしたことは分からないのだが、これを読むと少し違和感を抱いてしまう。女性的という概念に疑問を感じ、女性にだって理論的な人はいくらだっていると思う。そういう女性らしさ、男性らしさみたいな切り口にはクエスチョンマークをつけざるをえない。それに、やたらと世界レベルで語る政治家のようなヨーコのフェミ論は、学びや仕事、恋愛、結婚といったヨーコには当たり前のものを手に入れられず、不安定な非正規雇用にあって生活に困窮する女性たちの「弱さと共にあるフェミニズム」な時代の今、受け入れられるだろうか? と疑問を感じもする。
 とはいえ、公の場に立って、広く強く世界と闘うフェミニズムが大切なのはもちろんだし、そうやって広い視野で闘うフェミニズムが今いる世界の女性リーダーを育てたことは間違いない。ヨーコがこう発言した当時、どれだけの女性たちが勇気づけられたことだろうか。勇気づけられた一人一人の行動が今につながっている。ヨーコありがとう! と心から言いたいことに変わりはない。

アルバム『無限の大宇宙』と『空間の感触』(ソニー・ミュージック)

ジョンの恋人となったことで受けたバッシング

著者情報

音楽/相撲ライター

和田靜香

わだ しずか

1965年千葉県生まれ。音楽評論家・作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。著書に『スー女のみかた 相撲ってなんて面白い!』(シンコーミュージック)、『音楽に恋をして♪ 評伝・湯川れい子』(朝日新聞出版)、『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて~44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』(シンコーミュージック)などがある。近著『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(左右社)が話題。

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