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連載

クーデターを境に変わること、変わらないこと~ミャンマーの今を問う

第22回

木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)

 ――このままNLDが大勝した2020年の選挙結果を認めれば、自身が糾弾されて破滅するということを彼は自覚していたわけですか。

「そうです。だから最後にはミン・アウン・フラインは自分のためにクーデターを起こすしか選択肢がなかったんです。それは当然、予想できました。私はもう年金生活者となりましたが、長らく闘ってきた相手のことは、性格も戦法もよく理解しているつもりです」

ロヒンギャとの和解が実現するためには

 ――ミャンマー国民とロヒンギャとの和解、そして民主化への共闘は喫緊の大きな課題だと思いますが、今後についてはどのように考えていますか。

「ミャンマーにおけるロヒンギャ問題はさまざまな歴史が積み重なって起きてきた問題ですから、その事実を認識して、今こそ解決しないといけません。私は、NUGは国際社会の基準に従って解決していくと期待しています。歴史を修正してはいけません。今回の軍事クーデターを境にして、私たちはロヒンギャと正しい歴史認識を共有すべきなのです」

 軍が丸腰の民衆に銃を向け、民主化運動を弾圧するという行為は、1980年の韓国「光州事件」と類似する。これを体験した光州の市民団体の人々は、「ミャンマー軍部クーデター反対と民主化支持光州連帯」を結成した。ミャンマー市民と光州市民の連帯は軍政の暴力に対する抵抗である。もうひとつ筆者が感じた両国市民の共通点は、歴史の再認識である。韓国の文在寅政権はタブー視されていた「済州島四・三事件」の虐殺を認めた。同様に、ミャンマーのNUGはデマとして流布していたロヒンギャへの迫害を事実として認知しようとしている。(「済州島四・三事件」については連載第6回を参照)

 ラ・ウーに現在のアクションについて聞いてみた。

 ――ラ・ウーさんが今暮らしているオーストラリアでは、ミャンマー人の皆さんは、今回の軍事クーデターに対する抵抗活動、そして国民に対する支援活動をどういう形で展開しているのでしょうか。

「中心的に行っている支援は寄付です。寄付を集めてミャンマー国内の抵抗勢力、不服従勢力に送っています。オーストラリアには民主化を応援するさまざまな団体が存在しています。また少数民族の団体もたくさんあります。彼らの目的は一つだけで、国内で弾圧に苦しむ市民を経済的に支援することです。軍事政権のためには働きたくないと、いわゆるCDM(市民不服従運動)として仕事をボイコットしている公務員たちに、あるいは少数民族の地域に、独自のルートで寄付金を送っています」

日本に求めることは……

 ――日本外交は残念ながら、ミャンマーの軍政を肥え太らせてきました。投資でも援助でも膨大な額を支援してきて、その予算で購入された武器によって多くのミャンマー市民が殺害されています。当然、そのことは多くの市民が知るところですから、日本国内では在日ミャンマー人の人々の外務省に向けた抗議行動も活発になりました。ラ・ウーさんは30年以上、軍と闘い続けてきたわけですが、今後の日本政府のミャンマー外交について望んでいることはありますか。

「外交というのはとても複雑で一筋縄でいかないものです。日本政府が曖昧な態度を取り続けるかもしれないというのも私は予想しています。はっきりとミャンマー国軍政府側ではなく、民主化のNUG側に立つと宣言することは難しいのでしょう。ですから、日本政府のことはあまりあてにしていません。ただ、日本政府には極めてシンプルなことを伝えたいです。今、対立しているのは、圧倒的な軍事力で非人道的なことを平気で行っている側と、それに対して微々たる武器で自衛している人々です。当たり前ですが、自衛している側こそが『人間』なのです。人間とはとても言えない行為をしている側の言葉を、日本政府には政治判断だとしても理解してほしくない。人間としてどちらの側に立つのかということを考えるべきではないか、とは言いたいです」
 
――日本の人々に対して思うことはありますか。

「日本政府とは別に、日本の市民の皆さんは、曖昧な態度を取らずに民主化を望む人々の側に立つことはできます。日本の市民は、現在の軍事政権を認めずに、私たちを思い切って支持してほしいです。
 また、かつてミャンマーの臨時亡命政権で労働大臣をしていた私からのお願いです。日本のすべての労働組合は、私たちミャンマー市民の苦しみを理解して、私たちと一緒に闘ってほしいです。すみません。感情的になって涙が出てしまいました。年齢も年齢なので、お許し下さい」

 最後は涙声であった。アウンミャッウインのスマホ越しにラ・ウーの悲痛に歪んだ表情が映し出された。 

◆ ◆ ◆

 取材から数日経った5月28日。サッカーワールドカップアジア2次予選、日本対ミャンマーの試合前において、ミャンマーの代表選手たちは国歌を歌わなかった。国軍が支配する今の国家は我々の祖国ではないという意志表示である。サブのGKであるピエリアンアウンはさらに不服従を示す3本指を立てるポーズを取った。
 アウンミャッウインは店のテレビでこれを見ていた。

「カメラが入っている前での抗議は大きな覚悟が必要やった。彼らは命がけで世界に向けて、今のミャンマーの酷い情勢を告発したんやね。あそこまでしたら、帰国して無事に済むはずがない。彼らを帰したらあかん。政治亡命を求めてきたら、日本政府はぜひ、受け入れるべきや」

 ちょうど試合のあった5月28日、日本の出入国在留管理庁は、国内にいるミャンマー国籍者が在留の継続を希望する場合、在留と、さらに就労を認めるという措置を下した。クーデターを起こした国軍が支配する情勢を鑑みて、緊急避難的な対応だというが、国軍と親和性の高い日本政府であるが故にいつ措置が解かれるのか、不安を口にする在留者も少なくない。人道援助のためには、暫定的ではなく、生活者として長期的な将来も描ける対応が望まれる。

 そして6月3日、NUGはついにロヒンギャに対してミャンマー国民として正当な地位を与えることを発表した。軍事政権打倒への協力を求めると同時に、政権奪回後にはミャンマーの市民権を付与し、母国への帰還を許可するとしたのである。長らくロヒンギャを無国籍の立場に追いやって苦しめてきた1982年制定の「ビルマ市民権法(国籍法)」を変更することも確約された。ロヒンギャにとってはまさに悲願であった。
 ロヒンギャヘイトに屈しなかったアウンミャッウインの店はまた活気づくに違いない。

◆ ◆ ◆

 6月16日深夜。3本指を出して軍政に抗議したピエリアンアウンはチームメイトと乗る予定であった帰国便に搭乗せず、日本に残る道を選択した。関西国際空港の大阪出入国在留管理局(以下、入管)に保護を求め、入管もこれを認めたのだ。関空での本人の囲み記者会見の通訳をしたのは、アウンミャッウインだった。弁護士に帰国をしたくないという選手の意思を知らせ、終始サポートしたのは、この「ミャンマービレッジ」の店主であった。

ピエリアンアウン選手(関西国際空港)

著者情報

ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト

木村元彦

きむら ゆきひこ

1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)、『コソボ 苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(23年、集英社インターナショナル)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。

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