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ガザ侵攻から逆照射されるボスニアとコソボの現在

木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)

 11月18日、そのアジトでダルダネットのメンバーたちと向かい合った。皆、不満を溜め込んだ表情をしている。苦い顔は濃すぎたエスプレッソのせいではなかった。
「あの試合は散々だったな」
 リーダーのガシはそう言った。話は5日ほど前にさかのぼる。13日に欧州選手権(ユーロ2024)の予選、コソボ対イスラエル戦が、彼らにとってのホーム、このファデル・ヴォークリスタジアムで行われた。10月にイスラエル軍とハマスの軍事衝突が始まってから、イスラエル代表が初めて行う試合であった。当該試合は10月15日に予定されていたが、戦争のために約1カ月延期されていたのである。試合はオランダリーグの「フィテッセ」で元日本代表の太田宏介とチームメイトだったエース、ラシツァがゴールを決めて1対0でコソボが勝利した。しかし、この試合でダルダネットはたくらんでいた。
「イスラエル軍がガザでやっていることこそが、テロじゃないか。子どもを殺すなんて許せねえよ。だから俺たちは、スタジアムで一泡吹かせてやろうと考えていた」
 何をやるつもりだったのか、そこはシークレットということで、詳しくは語らなかったが、ゴール裏もしくはバックスタンドから、横断幕、コレオグラフィーなどを駆使してイスラエルに向けての抗議を行うつもりでいたのは確かなようだ。
「それが、まったく考えられねえ、厳重な検査を受けて、がんじがらめに規制されたんだ」

 これまで、この地域のアルバニア系の権力者たちは、スタジアムに政治を持ち込むことをむしろ好んでいた。サッカーの国家代表戦にまつわるナショナリズムを広く利用してきたと言える。スタジアムにおける政治的なアピールを敢えて見逃して来た節さえある。例を挙げると、2014年10月に行われたセルビア対アルバニアの一戦では、スタンドにいたアルバニアのラマ首相の弟が、試合の最中にコソボとアルバニアとセルビア南部が合併した「大アルバニア図」の旗をドローンでピッチの上に飛来させ、公式戦をぶち壊した。
 2018年6月のW杯ロシア大会セルビア対スイスでは、スイス代表としてゴールを決めたコソボ系移民2世のジャカとシャチリが、アルバニア国旗に描かれた双頭の鷲を表すポーズをとった。FIFAは、コソボ紛争で対立したセルビアの選手に対する政治的挑発であるとして、二人に各1万スイスフラン(約110万円)の罰金を科した。スイス代表として出場している選手が、アルバニアの民族的意匠を敢えて対立民族に向けて示したわけで、FIFAが問題視したことは当然とも言える。しかし、アルバニア政府やコソボのアルバニア人たちはこのペナルティに対して募金を呼び掛け、罰金金額を超える額を集めてしまった。FIFAが問題有りとして指摘した行為を肯定したと言える。

サッカーW杯ロシア大会のセルビア戦でゴールを決め、「鷲のポーズ」をとるジャカ・スイス代表(2018年6月22日)

世界一の親米国家、コソボ政府の立場

 このように、スタジアムでの過激な政治アクションに慣れているダルダネットのメンバーからすれば、よもや厳重なチェックが入るとは思いもしなかったというわけである。
 ましてやコソボの現政権は「自己決定運動(ヴェトヴェンドーシ)」というコソボとアルバニアの合併をマニフェストに掲げているアルバニア民族主義の極右政党であり、普段の極右的主張からすれば、ダルダネットと思想をともにするものである。

「とにかく、俺たちは所持品を厳しく調べられて何も出来なかった」
 ガシたちは、それでもイスラエル国歌が流れたときは激しいブーイングをしたという。

「ダルダネット」のメンバーたち

 親パレスチナの姿勢はサッカーサークルだけではなかった。タクシー運転手にキオスクの店員、カフェのウエイター&たむろする若者、ホステルのフロントに至るまで、一般的なプリシュティナ市民は異口同音にイスラエルに対する厳しい批判を必ず口にする。しかし、ボスニアとは対照的に、コソボ政府はまるで民意を逆なでするように、この問題における抗議デモや集会の許可を出していない。
 背景には米国の後ろ盾によって独立したコソボの、国としての成立過程がある。再三、書いてきたが、コソボは世界一の親米国である。1999年、米軍が主導したNATOの空爆によってセルビア治安部隊が撤退したことで、コソボ独立の機運が一気に高まった。米国にはコソボ内にボンドスティール米軍基地を建設するという野望があったために、両者の利害が一致した上での軍事行動ではあった。
 やがて、米軍と友軍関係を結んでいたKLA(コソボ解放軍)のメンバーによる暫定政府が作られ、独立を宣言すると真っ先に米国が承認した。米軍基地はそのまま温存されており、民族自決の大義については議論のあるところだが、ひとつ言えることは、米国なくしての独立は実現しえなかったということだ。それゆえに建国記念日などには、コソボ国旗よりも米国星条旗の方が多く飾られるという国である。
 コソボ政府は、イスラエルへの支持を公然と発信している米国の意に反することを行うわけにはいかない。そしてまたコソボにとってイスラエルは自国を国家として承認してくれた(今のところ)最後の国なのである。外交上、決して数の多くない貴重な承認国を手放したくない。米国はトランプ大統領の時代に国際社会に抗うように、イスラム教徒にとっても聖地であるエルサレムをイスラエルの「首都」として認定し、テルアビブから大使館を移転させてムスリム社会から大きな反発を呼んだが、コソボもまたそれに追随するかたちでこの地に大使館を設置している。一方で、同じムスリムの国でありながら、パレスチナ自治政府はコソボを未承認のまま留めており、OIC(イスラム協力機構)加盟国も半数近くが独立を認めていない。

コソボのメディアコントロール

 ガザを救わなくてはいけないという圧倒的多数の民意を持ちながら、それを政府が許さない。コソボの抱える政治的矛盾とカオスは建国以来、今も続いている。
 現在、コソボの首都プリシュティナにはNATO軍の空爆を決断したビル・クリントン元米国大統領の銅像と、同じく武力介入を支持したマデレーン・オルブライト元米国国務長官の銅像が建てられている。パレスチナ問題ひとつとっても米国のフィルターを通しての判断につながり、デモも許認可制で、忖度によって親パレスチナがテーマのものは不許可とされる。ボスニアとの対比でそれが如実に見える。「自由と民主主義を希求する」というスローガンによってセルビアからの分離独立を果たしたコソボであるが、まずは米国の意向ありきというトップダウンの国の在り方に宿命を感じずにはいられない。コソボは今、国が煽動するたくみなナショナリズムによってすべてが政治に直結させられている。

コソボの首都プリシュティナの建物から下がる、クリントン元米国大統領の巨大な垂れ幕

 実質的な独裁は政権によるメディアのコントロールなどから垣間見られる。
 先述したが、現在の政権与党は「自己決定運動(ヴェトヴェンドーシ)」という名前である。多数派を占めるアルバニア人による極右政党であり、公約は、隣国であり「本国」でもあるアルバニアに、コソボを合併させて「大アルバニア国家」を作るというもの。にわかには実現性を信じがたいが、「自己決定」という呼称から見て取れるように、現在の画定された国境や、セルビア人を含む少数民族との多民族融和をうたったコソボ憲法は、ヨーロッパからの押し付けであると主張し、自分たちでアルバニア人のための憲法を制定するのだと、結党以来、提唱し続けている。その強権政治体質は2019年に政権を取ると同時に顔を出した。
 自己決定運動の代表であるアルビン・クルティ首相は、2023年6月ごろから、自らの政権に対して批判的なニュースを流していた民間放送局「クラン・コソバ」に対して、電波停止ならぬ営業停止の脅しをかけ続けていた。7月末になるとついにその命令を下した。日本の高市早苗議員でさえやらなかったことを実行したのである。
 コソボ政府の後ろ盾となっている米国も含む先進諸国は、さすがにこれは、民主主義国家としてはありえない報道に対する政治介入であると一斉に批判。今のところ、クラン・コソバは面従腹背の姿勢で放送を続けているが、他のメディアに対しても恫喝がもたらされるのではないかと懸念されている。

 次回はクルティ首相によるコソボの「民族プロジェクト」について言及する。

著者情報

ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト

木村元彦

きむら ゆきひこ

1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)、『コソボ 苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(23年、集英社インターナショナル)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。

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