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連載

ポピュリズム――その源泉を辿る

第12回

吉田徹(同志社大学教授)

 21世紀に入ってから、先進国は、いわゆる「ポピュリズム政治」に襲われました。西欧では、すでに90年代後半からポピュリスト政党が政権入りしたり、ポピュリスト政治家が大統領選に進んだりしていましたが、さらに2017年にはアメリカのトランプ大統領の誕生という衝撃的な出来事がありました。

 もっとも、ポピュリズム政治といってそれが具体的に何を意味するのか、必ずしも判然としません。日本のマスメディアでは、「大衆迎合」や「衆愚政治」、あるいは最近では「反知性主義」などと同義で用いられることがあります。しかし、そもそも民主主義は民の求めることを実現する政治ですから、大衆に迎合して何が悪いのか、と問われれば答えに窮します。「反知性主義」も、もともとは歴史家ホフスタッターが、アメリカの歴史における正統な伝統のひとつとして用いていた言葉ですから、誤用に近いものがあります。

「ポピュリズム(populism)」という言葉は、もともとラテン語で「人々」を意味する「ポプルス(populus)」を語源にしています。すなわち、直訳すれば「人々主義」というものになるでしょう(ちなみに中国語では「民粹主義」と訳されています)。これは、普通の人々を中心に置く政治、とでも言い換えることができるでしょう。英オクスフォードの政治学辞典では、ポピュリズムとは、「普通の人々(ordinary people)の選好(preference)を支持すること」と定義されています。

 ならば、ポピュリズムと民主主義は何が違うのでしょうか? 手掛かりを得るために、ここで以下の質問に、イエスかノーかで答えてみてください。

1.国会議員は有権者の意思に従わなければならないと思う。
2.重要な国政の問題は、政治家ではなく、有権者によって決められるべきだと思う。
3.政治家と有権者との間には、有権者同士との間よりも、埋めがたい溝があると思う。
4.私は世襲議員などの職業政治家などよりも、一般市民に政治家になってもらいたいと思う。

 オランダでの調査研究によれば、これらの質問に「イエス」と答えた有権者ほど、ポピュリスト政党に投票する割合が多かったとされています。(※1)

 ここには、いわゆる「代表(代議)制民主主義」、具体的には既成政党や既存政治家に対する強い不満を持つかどうかが、ポピュリズムと民主主義を分ける分水嶺であることがわかります。政治のエリートをうとましく思い、これに対して庶民こそが正義である、とするのがポピュリズムの正体ということになります。

 今回は、こうしたポピュリズムの特徴と実態を明らかにしてくれる3本の映画を紹介します。

今回紹介する3作品のDVD。左から、『オール・ザ・キングスメン』(発売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)、『群衆』(発売元:IVC)、『ネブラスカ』(発売元:東宝)。

誰がポピュリストを遣わすのか?――『オール・ザ・キングスメン』

 映画『オール・ザ・キングスメン』(スティーブン・ザイリアン監督、2006年)は、ヒューイ・ロングという、実在したアメリカのポピュリスト政治家を題材にし、彼を題材とした作家ロバート・ウォーレンの同名の小説を原作にしています。ルイジアナ州知事と上院議員を務めたロングは、ポピュリスト政治家の代名詞的存在であり、大恐慌期に富裕層に対して農民の利益を訴える「農民急進主義者」とされることもあります。タイトルの「オール・ザ・キングスメン」も、「誰もが王である(Every Man a King)」というロングのスローガンをヒントにしたものです。ちなみに同じ原作に基づいて、アカデミー作品賞を受賞した1949年製作の『オール・ザ・キングスメン』(ロバート・ロッセン監督)もよく知られた名作で、両作品は、ほぼ同じプロットで展開していきます。

 映画の中でロングはウィリー・スタークという主人公に置き換えられています。州の会計官だった彼は、政治家と地元建築業者の癒着を知り、汚職を世論に訴えます。この建築業者が建てた小学校の階段が崩落、3人の児童が死んだことから、汚職への住民の関心が高まり、スタークはある男に知事候補として担ぎ上げられます。

 しかし、彼が擁立されたのは、票を分割させて対立候補を落選させるための有力候補陣営の策略でした。選挙戦の最中にそのことを知ったスタークは、批判の矛先を政治家へと向けます。「投票しなければ君たちは無価値だ。都会の政治家が言うように愚かで、ポケットから最後の小銭まで盗まれる」――議会の政治家、彼らとつるんだ富裕層と大企業を批判して支持を集めたスタークは、知事選で当選を果たします。そして、実際にロングがそうしたように、スタークも道路の整備、学校の建設、医療の無償化などを断行して、世論の支持を集めることになります。

映画『オール・ザ・キングスメン』より

 しかし、有力企業と癒着する腐敗政治家、財政を危惧するエリート政治家、そしてスタークの脱法的な政治の進め方を快く思わない司法関係者は、彼を弾劾裁判にかけようとします。それはスタークが、反対の多い公共事業を通すのに、議員を買収したり、脅迫をしたりしていたためです。

 彼はいいます。「悪から善を生み出す。政治だろうと詩だろうと同じだ」――善きことを為すためには、悪事に手を染めなければならないという、この連載の「政治」の回で指摘した現象です。もっとも、では善をどのように見分けるのか、と問われたスタークは「そうなるように作り上げるんだ」とのたまいます。

 こうして、お得意の買収や脅しを使って弾劾裁判をかろうじて切り抜けたスタークは、思いもしなかった人物から銃口を向けられ、映画はラストシーンを迎えます(モデルのヒューイ・ロングも上院議員在任中の1935年に暗殺されています)。

 ピューリッツァー賞を受賞した原作もそうですが、映画もスタークを取り巻く人物たちによる複雑な愛憎劇が豊かなサイドストーリーを作り上げています。興味深いのは、登場人物がそれぞれ「3人の人間関係」から描かれていることです。

 物語は、スタークの秘書となる新聞記者ジャックの視点から語られます。上流階級の出自で自分の人生をもてあましているジャックは、堂々と正義を振り回すスタークの姿に強く惹かれていきます。そのジャックは、元知事の娘で幼馴染みのアンに心を寄せていますが、彼女はスタークの愛人となり、三角関係が生まれます。また、スタークは、ジャックと「シュガーボーイ」と呼ばれる用心棒兼運転手との3人でいつも行動を共にしています。

 さらに映画をよくみると、道路脇に3つの十字架が据えられているシーンが複数回、映し出されます。スタークを含め、銃で死ぬ者も3人、最初に紹介した児童の死亡者数も3人だったことも思い出しておきましょう。かくように3という数字がこの映画では象徴的に扱われています。

 3という数字は、三位一体との関係に比すことができるかもしれません。キリスト教における三位一体は、父なる神・神の子キリスト・聖霊ですが、ポピュリズム政治にひきつけていえば、民主主義での三位一体、すなわち民とポピュリストと議会政治家を想起させます。

「民の声は神の声」というラテン語の諺がありますが、民主主義では、父なる神の役割を果たすのは民です(劇画的なスタークの演説でも度々そのように謳われます)。さらにこの比喩を続ければ、聖霊は神の存在を示唆する議会政治家でしょう。そして、ポピュリストであるスタークは、神が送り、殺される運命にあったキリストである、と解釈することができます。

 キリストが復活したように、民主主義ではポピュリストは定期的に再臨します。ポピュリズムという言葉が定着したのは、19世紀末にアメリカ西部・南部でやはり農民から支持された「人民党(通称ポピュリスト党)」が登場した時でした。戦後には赤狩りで有名なマッカーシー議員やフランスの反租税運動のプジャード運動、イギリスで移民排斥を訴えたパウエル議員、そして90年代以降はイタリアのベルルスコーニ首相や日本の小泉首相などがポピュリストとして登場、さらに現代ではトランプ前大統領に至るまで、繰り返し現れています。

 

信条としてのポピュリズム――『群衆』

著者情報

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

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