第5回 どんな平等がいいの?(後編)
川口好美(文芸批評家)
ですが、国作りを進めていたひと握りの人々にとって、キリスト教は脅威でもありました。個人を大事にし、自他の〝自由〟を尊重する人は、簡単に言いなりになりませんよね。そんな人たちが、自分たちに向かって反抗したらどうしようか、と恐れていたのです。だから、「一高不敬事件」の内村さんの態度を重大な反抗とみなして、一斉に攻撃しました。個人の〝自由〟を土台に発展する理想を捨て、命令に従う人間を増やしていく。事件をきっかけに、日本がそういう方向に進みはじめたのです。
政治学者の丸山眞男という人がこんなことを書いています。厳しい雰囲気を感じてほしいので、そのまま写してみますね。
「第一回帝国議会の召集を目前に控えて教育勅語が発布されたことは、日本国家が倫理的実体として価値内容の独占的決定者たることの公然たる宣言であったといっていい」※3
なにが良くて、なにが悪いかは、国が決めるから、個人は考えなくていい。教育勅語はそのような宣言だった、と丸山さんは分析しているのです。
このことは、ひと握りのエリートだけの問題ではありません。日本中に、新聞で事件を知って、内村さんを責め立てた人たちがいました。彼らは、内村さんの〝自由〟なんてどうでもいい、という意思を示したことになりますよね。でも、おかしいと思いませんか。自分の〝自由〟と他人の〝自由〟が、おたがいを支え合っていることは、ちょっと想像すればわかるはずなのに。自分の〝自由〟が本気で大切なら、他人の〝自由〟も丁寧に扱うのではないでしょうか。つまり、多くの日本人がこの時、内村さんの〝自由〟だけでなく、自分の〝自由〟まで捨ててしまったのではないでしょうか。わたしはそう感じます。
前回紹介した、「浅い日本人」という文章を覚えていますか? 日本人は、ものすごい勢いで怒るけれど、すぐ忘れてしまう。浅い怒りなんだ。そうじゃなくて、静かで長続きするのが、深い、ホンモノの怒りなんだよ。内村さんはそう書いていましたね。
ふつうは、「怒り」という言葉から、ぱっと燃え上がる感情をイメージしますよね。わたしは、そのような激しい心の動きも大事だと思います。ただ、もっと大切なのは、激しい感情の炎が消えた後も、問題や出来事について考え続ける、粘り強さではないでしょうか。たぶん内村さんは、すぐに忘れず、粘り強く考える態度を、静かな深い怒り、と表現したのだと思います。
深く怒るということは、深く考え続ける、ということです。
〝平等〟のことを思い出してください。もし、〝平等〟を目指すエネルギーが浅い怒りだけだったら、どうなるでしょう。〝みんな同じ〟状態で満足してしまうのではないでしょうか。〝自由〟と両立する〝平等〟を実現するには、色んな人たちと話し合いながら複雑な問題に立ち向かわないといけませんよね。ゆっくりと一歩ずつ、粘り強く考え続ける必要があるのです。つまり、深い怒りのエネルギーが必要なんです。
浅い怒りは、すぐにその場で、態度や行動としてあらわれます。では、深い怒りが、静かに長く続く場所は、どこにあるのでしょうか。それはやはり、個人の心の中だと思います。浅い怒りにつき動かされて内村さんの〝自由〟を奪った人々は、自分の心の〝自由〟も捨ててしまいました。それは、深い怒りを捨てた、ということでもあります。そのせいで、明治の希望の光だった〝平等〟は、浅い〝平等〟にかわってしまったのかもしれません。
