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連載

第5回 どんな平等がいいの?(後編)

川口好美(文芸批評家)

 先生の仕事をやめた内村さんは、新聞記者として働いたり、雑誌の出版活動を行いました。ジャーナリストになったのですね。しかし、人気雑誌だった『東京独立雑誌』を1900(明治33)年に廃刊し、かわりに『聖書之研究』という雑誌を創刊します。世間が注目するニュースを取り上げるのではなく、『聖書』を研究することが目的でした。深い怒りを大事にしながら〝自由〟や〝平等〟を考えていこう。雑誌にはそんな思いがこめられていました。鍵になるのはやはり『新約聖書』の主人公イエスです。
 内村さんはキリスト教について、キリストっていうのはナザレのイエスなんだよ、とよく語っていました。さいごにその意味を見届けましょう。
 イエスは、生まれた時につけられた名前です。キリストというのは、救い主(世界を救う者)という意味です。イエスをあがめる人たちがイエスをキリストと呼んだことから、キリスト教という宗教ができたわけです。
 それにたいして、ナザレはイエスの出身地、どこにでもある小さな町の名前です。日本でも、名前の前に地名をつけて人を呼ぶことがありますね。わたしも時々、お年寄りからサワマのヨシミさんと呼ばれたりします(わたしは沢間という集落に住んでいるんです)。ナザレのイエスも、それに似たノリです。
 キリストと呼ぶと、イエスを偉くて遠い存在だと感じるでしょう。でも、ナザレのイエスさんと呼ばれるふつうの人でもあったのです。みんなと気軽に喋ったり、食事したりしていた。バカにされたり、いじめられたり、辛い経験もした。そのことを忘れちゃいけない、と内村さんは言いたかったのでしょう。
 内村さんはこう書いています。
 イエスは、貴族でもなく、お金持ちでもなく、学者でもなかった。イエスはただの人だった。だからわたしたちも、ただの人にならなくちゃいけないんだ。※4
 さて、そんなイエスが人々に語り、教えたことでとくに大事なのが、つぎの二つの事柄です。
 ①すべてを尽して、神を愛せ / ②自分を愛するように、隣人を愛せ
 内村さんによると、は、あくまでもの一部分です。神を愛する気持ちがあって、それが隣人を愛する気持につながる、というわけです。
 でも、現実には、はかならずとしてあらわれると内村さんは言います。この世では、隣人への愛が、神への愛をはかる基準になるということです。その上で、内村さんはについて、こう注意しています。これは自分を捨てて隣人を愛せ、という意味ではないんだよ。自分を大切にするのと同じように隣人を大切にしなさいという意味だよ、って。それはつまり、自分の〝自由〟も、隣人の〝自由〟も、同じくらいきちんと尊重しなさいよ、一生懸命、自他の〝自由〟を大事にしなさいよ、ということだとわたしは思います。そして、そのような〝自由〟の尊重の根っこには、じつは神にたいするあなたの全力の愛があるはずだよ、と内村さんは言いたかったのだと思います。※5
 ところで、隣人ってどんな人でしょう。そばにいる他人。そうですよね。内村さんは隣人を、〈最微者(いとちいさきもの)〉とも呼んでいます。※6
〈最微者〉というのは、権力もなく、貧乏で、世間から注目も尊敬もされずに生きている、ただの人です。まさにイエス自身が、虐げられ、飢えていて、家もなく、着る服もない、〈最微者〉でした。だからこそ、あなたが、あなたのそばにいる〈最微者〉の話を聞き、その人を受け入れる時、その人の〝自由〟を尊重する時、あなたはイエスを受け入れ、愛したことになるんだよ。そしてまた、あなたが他人から〈最微者〉として愛されて、〝自由〟を尊重してもらった時、あなたはイエスに愛されているんだ。ただの人たちのあいだで交わされるこんな愛が、なによりも大事だ。内村さんはそう考えるのです。
〝平等〟とは、〝みんな同じ〟ではないということを、あらためて思い出しましょう。わたしとあなたが、おたがいの〝自由〟を尊重し合う。そんな関係を一つ一つ、粘り強く積み重ねる以外に、〝平等〟に近づく方法はないのですね。
 イエスはある時、神の国はみなさんの「内」にあるんだよ、と言ったそうです。内村さんはこれを、「内」っていうのは、「心の内」という意味ではなく、「間」という意味だ。イエスは、神の国はみなさんの「間」にあると言ったんだと、解説しています。※7 ただの人たちの「間」、わたしとあなたの「間」に、〝自由〟と〝平等〟が実現される。その時、そこに神の国があらわれるんだよ、ということですね。
 ちょっと駆け足になってしまいました。みなさんはここまでの話を聞いて、どう感じられましたか。繰り返しになりますが、〝自由〟と〝平等〟を両立させるのはとてもむずかしいですよね。なんと内村さんは、自由な人間がいるところにはどこでも奇跡が生じるとまで言っているんですよ! ※8 人間同士が〝自由〟を尊重し合い、〝平等〟な関係を結べるのは、ほんとうに奇跡なのかもしれません。みなさんが内村さんのことばを参考にして、この先の人生で奇跡を起こしてくれたら、とてもうれしいです。わたしもチャレンジします。
 おしまいに、わたしが好きな内村さんの言葉を少しかみ砕いて紹介します。ゆっくり味わってください!
〈わたしは、浜辺の砂の一粒ではない。わたしは真の個人であり、わたしの代わりにわたしの役目を果たす者は、他にいない〉※9

著者情報

文芸批評家

川口好美

かわぐち よしみ

1987年大阪生まれ。2016年、「不幸と共存──シモーヌ・ヴェイユ試論」(『群像』2016年12月号、第60回群像新人評論賞優秀作)でデビュー。2021年から、静岡県川根本町の小集落・沢間で「本とおもちゃ てんでんこ」を家族で営む。著書に『不幸と共存 魂的文芸批評』(法政大学出版局)がある。

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